篆刻史

 

篆刻(てんこく)というのは、印鑑(正しくは印章)を作成する行為のことです。篆刻は中国を起源としており、主に中国の書体の一種である篆書を印文に彫ることから篆刻というのですが、現代の印鑑を見れば分かるようにその他の書体や図章の場合もあります。また金属(銅・金など)を鋳造して印章を作成する場合でも篆刻といいます。これはその鋳型に彫刻を要するからで、篆刻は書と彫刻が結合した工芸美術としての側面が強く、特に文人の余技としての行為を指しています。現代でも中国・日本を中心に篆刻を趣味とする人は多くいます。

 

篆刻に用いる主要な印材は石ですが、他にも、竹、骨、牙、植物の種子等に篆刻することも行われています。また、印材とされる鉱物としては葉臘石が一般的です。これはモース硬度3.5ほどの比較的柔らかい鉱物であることと、特別の技術を要さず容易に加工ができることが理由に挙げられ、これら石印材は朝鮮半島、タイ、ミャンマー、モンゴル、日本でも採石されますが、産出の質、量、加工技術、流通においてもっとも主要なのはやはり中国で、浙江省の寿山石、昌化石、福建省の青田石、内蒙古の巴林石などが広く安価に流通しています。寿山石の一つである田黄、昌化石、鶏血石の素材は美麗かつ稀少となっており、非常に高価です。これらは軟宝石と称されることもあり、篆刻と離れて、印材自体が収集、投機の対象となることも多くなっています。また、篆刻を行う道具は印刀または、篆刻刀、鉄筆と呼ばれており、篆刻における印刀は、木彫等で用いられる印刀で、先端が鋭角で片刃のものとは異なる刃物を意味します。篆刻用の印刀は多くの場合両刃の平刀で、直角に研ぎ出された両角を利用して彫っていきます。この印刀の刃幅は5-20mm程度のものを使うことが多いようです。

 

中国において篆刻史は印鑑の歴史であるといっても良いと思います。そして、現在確認できる最も古い印鑑は中国戦国時代まで遡ることができます。この時代の印鑑はすべて「こじ」と総称されています。材質は多くが銅で出来ていますが、銀や玉もみられます。また、朱文(陽刻)、白文(陰刻)ともにみられ、六国古文という書体が使われています。政治と経済が大きく変容した戦国時代に臣下の関係や商品取引の保証として印鑑が必要とされていたようで、竹簡や木簡の封泥に利用されていました。文字以外には絵などの図像印、特に動物をモチーフにした肖生印が多いく発見されています。このような図像印は六朝時代まで細々と存在しし以降は消滅していましたが、日本の戦国時代に一時的に復活します。

 

秦の始皇帝の治める秦の時代には印章制度(印制)が整い、印鑑は辞令の証としての役割を持つようになっていきます。皇帝の用いる印を璽、官吏や一般用は印と呼ぶようになりました。そしてこれに加え漢代には将軍の印を章と呼ぶようになっていきます。この頃は、印章の材質やサイズ・形、鈕式などで階級や役職を表していたといわれています。このとき印文に小篆を用いることが正式となり、漢代になってもこの制度は踏襲され、繆篆(印篆)といわれる印章用の篆書が登場しました。現代に至っても印章に篆書を用いるのが一般的なのはこの慣習が続いているからである。またこの頃鳥蟲書といわれる鳥や虫、魚などをモチーフにした独特の書体も用いられています。材質は皇帝のみが玉でその他は位順に金銀銅の金属印でした。玉は鏨で刻され、金属印は鋳造(鋳印)され、戦場などで役職を任命するような時間的余裕がない場合には、金属に直接掘り込み作成(鑿印)されたが、これを「急就章」と呼んでいました。


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